9〜12月の祈りの3ヶ月を終え、
3.11震災後初めての冬を迎えています。
冬は「新生の春」へ向けての準備の時。
新しいいのちの胎動が聞こえます。
天野泰司
新しい生命の座
ここ数日、素晴らしい夜空が広がっています。
12/10の皆既月食をご覧になった方も多いことでしょう。
凛と澄み渡った空気、キラキラとした星の輝き、
遠くどこまでも続く夜空、
その中にぽっかりと浮かぶまんまるの月は、まるで鏡のよう。
はっきりとした黄色の光が少しずつ欠けていき、
ほんのりと赤みがかかったやわらかな光の中に、
月そのものの姿が現れてきました。
いつも見ている鏡のような月ではなく、
まあるくて、すごくおちついていて、
ただ月としてそこに浮かんでいました。
素のままに戻るというのはこんな感じなのかもしれません。
外に出て、しばらくその月を眺めていました。
ちようど同じ日の午後に、
韓国の舞踊家金梅子(キムメジャ)さんの公演が
京都造形芸術大学のホール春秋座でありました。
私たちは気功協会の事務所から徒歩5分の至近距離なのですが、
札幌の三上さん、東京の鳥飼さん、福岡から新部さんなど、
気功関係の友人が各地から集っていて、とても嬉しくなりました。
もちろん4部構成の公演の内容も素晴らしいものでした。
踊り手は若手から白髪の混じった方まで年齢の幅がかなりありましたが、
年齢差というものを感じさせない、
するすると滑らかに続いていく舞台でした。
見せる工夫は随所にあるけれど、動きそのものが自然で無理がない。
特に金梅子さんの踊りは徹底的に無駄が省かれていて、
見ているだけで体の中が一緒に動いてしまいます。
公演の後のアフタートークで
釜山大学教授のチェ・ヒワンさんがこんな感想を述べていました。
「今回の京都公演は、韓国でのいつもの公演と比べて
より神聖さがあり、天とつながる感じは少なかった。
これは劇場のせいかもしれない」と。
確かに劇場の立地自体は瓜生山の麓で、自然に囲まれてはいますが、
歌舞伎公演もできる落ち着いた和風のホールなので、
のびのびとした大自然とつながる感じは少なかったのでしょう。
そんな中、
体そのものからほとばしり出る神聖さがより強く感じられたのは、
月食というタイミングも関係していたのかもしれません。
舞台作品を観た感動というより、
奉納の舞に立ち会ったような、
ありがたさに満ちた心がしばらく続き、深夜の月食を迎えました。
翌日12/11は、震災から9ヶ月の区切り、
9/11から続けてきた「祈りの三ヶ月」の最終日で、
朝日カルチャーセンターでの今年最後の講座がある日でした。
街中は年末ムードですが、
気功の学校の卒業式も12/4に修了していて、
何か一つ超えて、もう新年のような印象があります。
何かが切り替わり新しくなった感じ。
意志を越えて自ら動き出そうとする
生命の胎動のようなものを感じます。
震災を乗り越えて
2011年は災害の多い年でした。
地震、津波、原発事故、風水害…、
たくさんの尊い命が失われ、
今なお苦しんでいる人がいる状況に心が痛みます。
そして、その大きな犠牲を経て、
私たちの生き方、生活のあり方が変わろうとしています。
節電や、エコロジカルな暮らしももちろんですが、
それ以前に「心をどこに向けるか」が変わり始めています。
ここで「心」と言っているのは潜在意識を含む心の全体で、
意識はそのほんの小さな一部分です。
私たち人類は、
幸福な未来を思い描いて努力を重ねてきました。
その結果が今です。
確かに素晴らしく便利なものがたくさんできたけれども、
今が幸せだと感じて生活している人がどれだけいるでしょうか。
人類の幸福というものに何千年かけてもたどりつけていないのです。
この状況は、
どこかで根っこの部分から切り替わっていくでしょう。
それが今このタイミングだと思うのです。
私が提案するのはとても簡単なことです。
それは「心を幸福に向ける」ということ。
今までなぜそれができなかったかというと、
意識で縛り付けようとすればするほど、
心は別の方向に向かっていくからです。
誰もがそのことには気付いていて、
何だかうまくいかないと感じながらも、
延々と同じ意識的な努力を繰り返してきたのだと思います。
私は気功を続けてきて、本当に良かったと思います。
気功の中には努力ということのちょうど反対側にある道が
明確に示されています。
それを体で実践して納得し、
生活に応用して確かめ、
「気功の学校」のレッスンの中で
皆さんと一緒になって実験を重ねながら、
こうではないかと思っていたものがいつしか確信に変わり、
さらに普遍的な広がりを感じるようになりました。
不満足からの離陸
どんな困難の中にも、
よく探していくとわずかな幸せはあるものです。
どんなに痛みや苦しみが大きくても、
よく味わってみると楽になっていく気持ちのよい方向がみつかるものです。
だから、いつも心が幸せの方向に向かうように
アンテナを立てておくのです。
物欲は、もっともっととエスカレートしていきます。
それは無意識に
「まだ足りない」という心の習慣を作っているからです。
これが手に入れば幸せだろうと幸せを追いかけることと、
幸せそのものを味わうことは本質的に違うのです。
物欲は「不満足」、幸せは「満足」の習慣ですから、
似ているように見えて正反対なのです。
「不満足」を習慣にしていれば、
不満足であることが日々当たり前になっていきますね。
だからどこまでいっても満ち足りない。
そういう矛盾が現代の混乱を招いているので、
その根本のところを変えていく必要があるわけです。
満足ばかりしていたら発展がないと思う方があるかもしれません。
確かに物質的な発展は身の丈に合わせてゆっくりになるかもしれませんが、
文化や生活、そして心の豊かさは次々と発展していきます。
そして、そこから開けていくのは豊かさの連鎖と共有です。
他人を攻撃したり、何かを奪おうとするのは不満の現れです。
幸せに包まれている人は、
その幸せを分かち合うことで次々と幸せがふくらんでいくことを知ります。
自分の幸せだけでなく、他の誰かの幸せも感じることができたら、
より幸せですね。
「誰かが喜んでくれる」幸福感は、
足し算ではなく、かけ算のようにしてふくらんでいきます。
恋人が喜ぶとなぜこんなに嬉しいのか、
子どもが笑うとなんでこんなに楽しいのか、
仕組みは判りませんが、
人が人として生きていく本能のようなものでしょう。
仏教では「慈悲」と言いますが、元々誰にも備わっているもので、
お互いの心の振動が響き合って、ぽっと心が熱くなる。
何かじ〜んと感じるものがある。
心の奥深くにじんわりとしみこみ、しっかり満足する。
これが幸福の連鎖です。
不満足の習慣を続けていると、
人の幸せを妬むような心が生じてきて、
不満足の連鎖と共有が始まっていきます。
それは意識以前の無意識の働きなので、
意識ではそんなことはいけないと判っていても、
実際に幸せな人を見ると、ついうらやましく感じて不満が高まり、
不満の不協和音を周囲に拡散してしまいます。
そこでまず、体から入っていきます。
体が気持ちがいいと感じることを見つけて、習慣にしていくのです。
それは気功に限りません。何でもいいのです。
気功は幸せの習慣
2012年は、「幸せの習慣」を
みなさんと共に積み重ねていきたいと思います。
体をなでたり、ゆっくり息を吐いたり、
目を閉じて心を落ち着けたりするだけで、
ふっと体が楽になったり、心がすっきりしたり、
ありがたくて幸せな感じに包まれたりします。
そうして心地よさを味わうことを毎日の習慣にしてしまうのです。
毎朝歯磨きをしたり、「おはよう」と挨拶したりするように、
習慣は続けているとあたりまえのことになります。
だから、気功という「幸せの習慣」を続けていくと、
幸せが泉のようにいつもこんこんと湧きでているようになり、
自然災害などの大きな困難に直面した時にも
そこからの回復がスムーズになるでしょう。
できるだけ簡単で、楽しんで続けられて、
深まりがあることがいいですね。
そうしたものを私は改めて「気功」と呼んでいるのです。
でもそれが重たくなり、
何らかの手かせ足かせになるようだったら
もうそれは気功ではありません。
そうして、洗練されて残っていったものが
気功協会が今取り組んでいる気功で、
「心がおちつく やさしい気功」は
その中でもとても気功らしい気功です。
ゆっくり広がっていきながら、
たくさんの人の本当の役に立っていくことでしょう。
まず自分自身から、
そしてその気持ちよさが周りにも伝わっていくように、
ゆっくり、そしてやわらかに
「幸せの習慣」を広げていきましょう。
天野泰司
2011年12月20日
春に向かって
posted by あまの&じゅんこ at 14:52| Comment(0)
| てあての心で
2011年12月14日
心と体の大掃除〜新しい年へ
震災から9ヶ月、「祈りの3ヶ月」最終日。
今年最後の講座をまとめました。
朝日カルチャー京都 2011/12/11 天野泰司
・・・・・・・・・・・・
今、一番大切なことは大掃除。
年末までに、いらないものを捨てる。捨てれば捨てるほど入ってくる。
必要なものを整理する。そうすると、中心が定まってくる。
人の心身も植物のように、年単位で季節に添って変化していく。
今の季節大切なことは、春に向けての準備にあたる。
・掃除
・おいしい水をちょこちょこ飲む
・頭を楽にする
実習〜心身の大掃除
[首の前後倒し]
首をゆっくり前に倒し、息を吐く。
後ろに倒し、すこし口をあけてあごをゆるめる。
[あくび]
後ろに倒したときに、あくびになったら自然にあくびをしていく。
[耳をつまむ]
疲れた目と、神経系統をゆるめる大切なポイント。
細かい範囲で、耳の痛い固まりを探し、
つまんでひっぱりながら外へ抜いていく。
[鬼のつののはえるところのてあて]
[そこから、頭〜胸をなでおろす]息を吐きながら。
[腕をなでおろす]ていねいに、やわらかく、反対の手で先へ抜いていく。
これは、頭の中の大掃除。
まずイメージがわいて、感覚が働き、体が動く。
この心の働きを知って、心の使い方の習慣を今、変えていく必要がある。
5000年位の反省から、転換していく時期にある。
イメージの通り体が動いていくことを知って、
イメージの力を使っていく。
マイナスと思っていたことは、必ずプラスの力をもっている。
元々、プラスもマイナスも同じエネルギー。
どんな苦しみ、悲しみ、恨み、寂しさ、怒り、ねたみなども
すべて大きないのちの働き。
失ったものが大きいほど、心が大きく動いているほど
秘められているいのちの動きは大きく働き、変化の流れが早い。
向かい風でもヨットは進む。小さな風でも進める。
風を操るのと心の流れは似ている。
プラス・マイナス、大小にかかわらず
必ず動きがある、その動きをつかまえて流れにのっていく。
辛い時は体も緊張している。その体と心の連動をその都度断つこと。
心と体は緊張でつながっている。そこを断つ。
その方法として
[息を吐く]
みぞおちに軽く両手をあてて、息を吐きながら体をまるめる。
吐ききったら少し押し込んでいた手をゆるめ、体を元に戻す。
[心がおちつく やさしい気功]
手をなでる。頭をなでる。胸をなでおろす。足腰をなでる。胸にてあてする。
[瞑想] 静かに座る。
2011年の間は、捨てていく。
体からも、いらない緊張を捨てていく。
ありがとう、と手放していく。
そして2012年には、福の種を植えていく。
今年最後の講座をまとめました。
朝日カルチャー京都 2011/12/11 天野泰司
・・・・・・・・・・・・
今、一番大切なことは大掃除。
年末までに、いらないものを捨てる。捨てれば捨てるほど入ってくる。
必要なものを整理する。そうすると、中心が定まってくる。
人の心身も植物のように、年単位で季節に添って変化していく。
今の季節大切なことは、春に向けての準備にあたる。
・掃除
・おいしい水をちょこちょこ飲む
・頭を楽にする
実習〜心身の大掃除
[首の前後倒し]
首をゆっくり前に倒し、息を吐く。
後ろに倒し、すこし口をあけてあごをゆるめる。
[あくび]
後ろに倒したときに、あくびになったら自然にあくびをしていく。
[耳をつまむ]
疲れた目と、神経系統をゆるめる大切なポイント。
細かい範囲で、耳の痛い固まりを探し、
つまんでひっぱりながら外へ抜いていく。
[鬼のつののはえるところのてあて]
[そこから、頭〜胸をなでおろす]息を吐きながら。
[腕をなでおろす]ていねいに、やわらかく、反対の手で先へ抜いていく。
これは、頭の中の大掃除。
まずイメージがわいて、感覚が働き、体が動く。
この心の働きを知って、心の使い方の習慣を今、変えていく必要がある。
5000年位の反省から、転換していく時期にある。
イメージの通り体が動いていくことを知って、
イメージの力を使っていく。
マイナスと思っていたことは、必ずプラスの力をもっている。
元々、プラスもマイナスも同じエネルギー。
どんな苦しみ、悲しみ、恨み、寂しさ、怒り、ねたみなども
すべて大きないのちの働き。
失ったものが大きいほど、心が大きく動いているほど
秘められているいのちの動きは大きく働き、変化の流れが早い。
向かい風でもヨットは進む。小さな風でも進める。
風を操るのと心の流れは似ている。
プラス・マイナス、大小にかかわらず
必ず動きがある、その動きをつかまえて流れにのっていく。
辛い時は体も緊張している。その体と心の連動をその都度断つこと。
心と体は緊張でつながっている。そこを断つ。
その方法として
[息を吐く]
みぞおちに軽く両手をあてて、息を吐きながら体をまるめる。
吐ききったら少し押し込んでいた手をゆるめ、体を元に戻す。
[心がおちつく やさしい気功]
手をなでる。頭をなでる。胸をなでおろす。足腰をなでる。胸にてあてする。
[瞑想] 静かに座る。
2011年の間は、捨てていく。
体からも、いらない緊張を捨てていく。
ありがとう、と手放していく。
そして2012年には、福の種を植えていく。
posted by じゅんこ at 22:04| Comment(0)
| 講座記録
2011年10月11日
美しさを感じる心
「秋の健康法」として、開かれた講座から
まとめてみました。
朝日カルチャー京都 2011/10/10 天野泰司
・・・・・・・・・・・・
空が高く、いい天気で、ほんとうによい季節になった。
美しい、おいしい、楽しい。
この秋の健康法をひとつ、と言ったら
素直に、美しいものを「美しい」と感じ
その気持ち良さを味わうのが、いちばん大切。
美しさの、受け取り方はさまざま。
響きあえる感じのするもの=「感応のあるもの」を美しく感じる。
それは、自分にとって必要なもの。
気の状態として、ひとつになりたい、と体が瞬間に思う。
反対に、苦手なもの、苦手な人が近くにいると、感応しないようにしている。
その状態が続くと、本来の感受性が損なわれてしまう。
今の日本は自由で、自分で選択することが保証されている。
そこに行きたい、こういう人といたい。
そうした処へ積極的に近づき、
したくない、行きたくないところからは離れることが重要。
人の活動は、「捨てる」「取り入れる」の2つ。
息を吸っては吐き、食べては排泄する。
自ずとそのことが行われるのが、気の働き。
この時期、気の働き=体の感受性、が高まる。
感受性が発達すると、気持ちのいいことが増える。物事をすぐ選べる。
嫌なことも一時的に増えるが、すぐに避けられる。
そうして、心地よく生活できるアンテナが発達する。
捨てることは大切。
体を壊すことで、より丈夫になるのはひとつの良策。
建物を全部取り壊して、一から建て直すようなもの。
例えば、運動会で汗をかき、夕方涼しくなって冷えた時
下痢をして、冷えた汗や、老廃物が出てしまうとすっきりし
心身が軽くなる。
また、腰が痛い時。
この時期、腰の痛みがはっきりしているということは、
腰の働きが活発になっているということ。
春(1-3月)に向けての準備であり、
痛くないようにていねいに動くことで、腰の柔軟性が上がる。
体を壊したときは、最高に楽な姿勢をとる。
だいたい、ではなく、どうしたら楽か、
どちらへ動きたいか、ていねいに探す。
動きたいほうへ動けると、体がすっきりし、心が軽くなる。
無意識を中心に据えることでそれは起こってくる。
腰は、春の準備を始めている。その種まきの季節。
おすすめは足湯、ねじりのふりこ。
腎臓、脇腹、股関節、耳、わき、足のてあて。
頭は、冬に向けて弾力を保つよう、楽にしてあげる。
おすすめは目の温湿布、首をゆるめること。
そして、おいしいな、と思える時に
おいしい水をちょこ、ちょこと飲むこと。
冷たくしたり、気に入ったグラスを使ったりして、
おいしいと感じるように飲む。
最も乾燥する1、2月頃に備えて、肌の潤いを保っていく。
「冷えないように」と守るのではなくて、
「冷えたら温める」を習慣にする。
そうした心持ちから、回復力が養われる。
体が納得するように、気持ち良さをとことん追及していく。
足湯でも、
「差し湯しながら足首まで6分つけて、赤くならないほうを2分足す」と
説明されることが多いが、
熱いお湯でなく、「あ〜気持ちいいな〜」という温度で
さめてきたら、少し熱いお湯を足すと、また気持ちよくなる。
そして、ちょうどよく終えて、靴下をはき
もう少しつけたいな、というほうを後にして、気持ちよく終える。
目の温湿布をしたあと、耳の温湿布をするのも気持ちいい。
どちらか片方に、あたたかいタオルをのせる。
まとめてみました。
朝日カルチャー京都 2011/10/10 天野泰司
・・・・・・・・・・・・
空が高く、いい天気で、ほんとうによい季節になった。
美しい、おいしい、楽しい。
この秋の健康法をひとつ、と言ったら
素直に、美しいものを「美しい」と感じ
その気持ち良さを味わうのが、いちばん大切。
美しさの、受け取り方はさまざま。
響きあえる感じのするもの=「感応のあるもの」を美しく感じる。
それは、自分にとって必要なもの。
気の状態として、ひとつになりたい、と体が瞬間に思う。
反対に、苦手なもの、苦手な人が近くにいると、感応しないようにしている。
その状態が続くと、本来の感受性が損なわれてしまう。
今の日本は自由で、自分で選択することが保証されている。
そこに行きたい、こういう人といたい。
そうした処へ積極的に近づき、
したくない、行きたくないところからは離れることが重要。
人の活動は、「捨てる」「取り入れる」の2つ。
息を吸っては吐き、食べては排泄する。
自ずとそのことが行われるのが、気の働き。
この時期、気の働き=体の感受性、が高まる。
感受性が発達すると、気持ちのいいことが増える。物事をすぐ選べる。
嫌なことも一時的に増えるが、すぐに避けられる。
そうして、心地よく生活できるアンテナが発達する。
捨てることは大切。
体を壊すことで、より丈夫になるのはひとつの良策。
建物を全部取り壊して、一から建て直すようなもの。
例えば、運動会で汗をかき、夕方涼しくなって冷えた時
下痢をして、冷えた汗や、老廃物が出てしまうとすっきりし
心身が軽くなる。
また、腰が痛い時。
この時期、腰の痛みがはっきりしているということは、
腰の働きが活発になっているということ。
春(1-3月)に向けての準備であり、
痛くないようにていねいに動くことで、腰の柔軟性が上がる。
体を壊したときは、最高に楽な姿勢をとる。
だいたい、ではなく、どうしたら楽か、
どちらへ動きたいか、ていねいに探す。
動きたいほうへ動けると、体がすっきりし、心が軽くなる。
無意識を中心に据えることでそれは起こってくる。
腰は、春の準備を始めている。その種まきの季節。
おすすめは足湯、ねじりのふりこ。
腎臓、脇腹、股関節、耳、わき、足のてあて。
頭は、冬に向けて弾力を保つよう、楽にしてあげる。
おすすめは目の温湿布、首をゆるめること。
そして、おいしいな、と思える時に
おいしい水をちょこ、ちょこと飲むこと。
冷たくしたり、気に入ったグラスを使ったりして、
おいしいと感じるように飲む。
最も乾燥する1、2月頃に備えて、肌の潤いを保っていく。
「冷えないように」と守るのではなくて、
「冷えたら温める」を習慣にする。
そうした心持ちから、回復力が養われる。
体が納得するように、気持ち良さをとことん追及していく。
足湯でも、
「差し湯しながら足首まで6分つけて、赤くならないほうを2分足す」と
説明されることが多いが、
熱いお湯でなく、「あ〜気持ちいいな〜」という温度で
さめてきたら、少し熱いお湯を足すと、また気持ちよくなる。
そして、ちょうどよく終えて、靴下をはき
もう少しつけたいな、というほうを後にして、気持ちよく終える。
目の温湿布をしたあと、耳の温湿布をするのも気持ちいい。
どちらか片方に、あたたかいタオルをのせる。
posted by じゅんこ at 19:50| Comment(0)
| 講座記録
2011年09月13日
元気な笑顔のために
9/11に行われた講座をまとめてみました。
朝日カルチャー京都 2011/9/11 天野泰司
・・・・・・・・
9.11-12.11、「祈りの3ヶ月」を始めていくにあたって。
「祈り」と呼ばれているものの中の、
余分なものをなくしていく。
一般的な「良い・悪い」といった尺度と、
気功の尺度は違う。
たとえば9.11の事件が起こり、犯人とされる人を
アメリカの軍が殺したが、それは良いとも悪いとも
いちがいに言えない。
子どもが転んだとき、起してあげるのはいいことだろうか。
依存心が起こって、気を集めるために転んだり
病気になったりすることを覚え、
大人になっても続けている場合もある。
ケースバイケースで、善し悪しは変わる。
気功の尺度は「自然か、不自然か」。
動物は、転んだ子どもを起すことはしない。
弱っている子どもなら起すのがよいが、
自分で立ち上がるのをじっと待つのが自然。
不自然なものをできるだけ減らしていく。
「こうしなければならない」
「こういう時は、こうする」・・
一般の常識、TVなどで報道されることは
実態を反映していない面がある。
「事実を作り込む」ところが映像には必ずあって、
どう切り取るかが写真のおもしろさでもあるが、
写っていない場所も必ずある。
人の心も同じで、自分でフィルターをかけ
ある意味「都合良く」見て、聞き、感じている。
自分で決めている都合の、度が過ぎると
感覚にフタがされ、全体を感じにくくなる。
状況を切り出してまとめても、
言葉で現象を要約しても、
その外に、何千倍もの情報がある。
逆のプロセスをたどって、感覚を解放していく。
たとえば、感じたことを別の表現で言い換えてみる。リフレーミング、と言う。
今の全部を感じてみる。
ほんとうかな、と思ってみる。
それは、既存の枠を壊していく作業。
全体を感じる、ことはものすごい情報量がある。
ただ座っている、立っている、
横になっているなかに、豊かな世界がある。
それが気功の、とくに「静功」の意味。
「何もしない」ことをやっていく中に、今のすべてがある。
それが気功の本質。
動いたり、歩いたり、なんらかの動作をしていくのが「動功」。
静功への入り口であり、
楽に動く気持ちよさ、動きがスムーズになっていく気持ちよさを感じ、
「味わう」ための感覚、ゆとりを作っていく。
心と体のゆとり、それが「今を味わう力」。
偏った状態から自然(=ありのままにある現実世界)に戻る、
そのままに戻ることが気功。
〈実習〉ゆする、立つ、歩く
・・足の裏を意識して立つことで、
あぁ、今、立っているんだ、歩けるんだ、と
心底気づくような感覚がありました。
「〜したい」という心が愛、骨盤から湧き上がる気持ち。
それに添って動いていると冷えない。
「〜しなければ」という気持ちは憎しみ、体が冷える。
骨盤とリンクして、いのちの源から出てくるような
純粋な心が今、求められている。
むつかしいことではなくて、
先ほどのように、立ってみる、歩いてみる、腰を気持ちよく動かす。
頭は時々休めて、ポカンとする。
それには、肩の力を抜くこと。
「ふりこ」で手をふったり、「やさしい気功」をしたり。
成長の段階で、大脳は、もともと皮膚から出来上がってきた。
なので、体をなでることで頭がゆるむ。
〈実習・心がおちつく やさしい気功〉
たどりつこうとすることをやめる中に、
祈りの本質がある。
余分なものを落としていく中に、残るものの
大きな豊かさ。
きっかけは大切、最初のキーのようなもの。
あとの、努力はいらない。
「〜しなければ」と無理に到ろうとする心を捨てて、
体がふわっとした、何もなくなった状態に
淡々とたどりつく。
「がんばらなければ」という習慣は、後から作り出したもの。
そう思っている赤ちゃんはいない。
たとえば「やさしい気功」を、
静かにふと座ることを、
毎日の中に入れていく。
はみがきと同じように、習慣になって
やらないと落ち着かない感じがあるのがいちばんいい。
気楽に、あたり前のこととしてする。
それが、気功が習慣になるひとつのシステムであり、
特別なこととしてでなく、
「あたり前の習慣」として届けていくことも何より大切。
あくび。のび。
改めて取り出して、丁寧にしていくと、
生活のひとつひとつ、考える、寝る、休む、仕事する、
すべてが変わってくる。
これがいいから、と広める事に夢中になって、自分を忘れないこと。
一番大切なのは自分。
それを徹底的にやっていく。
気功を伝える、ということは、
「自分を大切にする」ことを伝えていくこと。
「自分を大切にする」場との出会い。
朝日カルチャー京都 2011/9/11 天野泰司
・・・・・・・・
9.11-12.11、「祈りの3ヶ月」を始めていくにあたって。
「祈り」と呼ばれているものの中の、
余分なものをなくしていく。
一般的な「良い・悪い」といった尺度と、
気功の尺度は違う。
たとえば9.11の事件が起こり、犯人とされる人を
アメリカの軍が殺したが、それは良いとも悪いとも
いちがいに言えない。
子どもが転んだとき、起してあげるのはいいことだろうか。
依存心が起こって、気を集めるために転んだり
病気になったりすることを覚え、
大人になっても続けている場合もある。
ケースバイケースで、善し悪しは変わる。
気功の尺度は「自然か、不自然か」。
動物は、転んだ子どもを起すことはしない。
弱っている子どもなら起すのがよいが、
自分で立ち上がるのをじっと待つのが自然。
不自然なものをできるだけ減らしていく。
「こうしなければならない」
「こういう時は、こうする」・・
一般の常識、TVなどで報道されることは
実態を反映していない面がある。
「事実を作り込む」ところが映像には必ずあって、
どう切り取るかが写真のおもしろさでもあるが、
写っていない場所も必ずある。
人の心も同じで、自分でフィルターをかけ
ある意味「都合良く」見て、聞き、感じている。
自分で決めている都合の、度が過ぎると
感覚にフタがされ、全体を感じにくくなる。
状況を切り出してまとめても、
言葉で現象を要約しても、
その外に、何千倍もの情報がある。
逆のプロセスをたどって、感覚を解放していく。
たとえば、感じたことを別の表現で言い換えてみる。リフレーミング、と言う。
今の全部を感じてみる。
ほんとうかな、と思ってみる。
それは、既存の枠を壊していく作業。
全体を感じる、ことはものすごい情報量がある。
ただ座っている、立っている、
横になっているなかに、豊かな世界がある。
それが気功の、とくに「静功」の意味。
「何もしない」ことをやっていく中に、今のすべてがある。
それが気功の本質。
動いたり、歩いたり、なんらかの動作をしていくのが「動功」。
静功への入り口であり、
楽に動く気持ちよさ、動きがスムーズになっていく気持ちよさを感じ、
「味わう」ための感覚、ゆとりを作っていく。
心と体のゆとり、それが「今を味わう力」。
偏った状態から自然(=ありのままにある現実世界)に戻る、
そのままに戻ることが気功。
〈実習〉ゆする、立つ、歩く
・・足の裏を意識して立つことで、
あぁ、今、立っているんだ、歩けるんだ、と
心底気づくような感覚がありました。
「〜したい」という心が愛、骨盤から湧き上がる気持ち。
それに添って動いていると冷えない。
「〜しなければ」という気持ちは憎しみ、体が冷える。
骨盤とリンクして、いのちの源から出てくるような
純粋な心が今、求められている。
むつかしいことではなくて、
先ほどのように、立ってみる、歩いてみる、腰を気持ちよく動かす。
頭は時々休めて、ポカンとする。
それには、肩の力を抜くこと。
「ふりこ」で手をふったり、「やさしい気功」をしたり。
成長の段階で、大脳は、もともと皮膚から出来上がってきた。
なので、体をなでることで頭がゆるむ。
〈実習・心がおちつく やさしい気功〉
たどりつこうとすることをやめる中に、
祈りの本質がある。
余分なものを落としていく中に、残るものの
大きな豊かさ。
きっかけは大切、最初のキーのようなもの。
あとの、努力はいらない。
「〜しなければ」と無理に到ろうとする心を捨てて、
体がふわっとした、何もなくなった状態に
淡々とたどりつく。
「がんばらなければ」という習慣は、後から作り出したもの。
そう思っている赤ちゃんはいない。
たとえば「やさしい気功」を、
静かにふと座ることを、
毎日の中に入れていく。
はみがきと同じように、習慣になって
やらないと落ち着かない感じがあるのがいちばんいい。
気楽に、あたり前のこととしてする。
それが、気功が習慣になるひとつのシステムであり、
特別なこととしてでなく、
「あたり前の習慣」として届けていくことも何より大切。
あくび。のび。
改めて取り出して、丁寧にしていくと、
生活のひとつひとつ、考える、寝る、休む、仕事する、
すべてが変わってくる。
これがいいから、と広める事に夢中になって、自分を忘れないこと。
一番大切なのは自分。
それを徹底的にやっていく。
気功を伝える、ということは、
「自分を大切にする」ことを伝えていくこと。
「自分を大切にする」場との出会い。
posted by じゅんこ at 21:53| Comment(0)
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2011年09月09日
9.11 朝日カルチャーです!
「祈りの3ヶ月」が始まります。
初日の9.11は
朝日カルチャーセンター京都で講習があります。
心のケア、体のケア、と進んできて、
今回は心と体の統合がテーマです。
天心の祈りも一緒に楽しみましょう。
各地からのご参加お待ちしております。
天野泰司
気功の学校・実践編 第3回
9/11(日) 13:00〜15:30
朝日カルチャーセンター京都
(河原町三条朝日会館ビル8F)
Tel. 075-231-9693
初日の9.11は
朝日カルチャーセンター京都で講習があります。
心のケア、体のケア、と進んできて、
今回は心と体の統合がテーマです。
天心の祈りも一緒に楽しみましょう。
各地からのご参加お待ちしております。
天野泰司
気功の学校・実践編 第3回
9/11(日) 13:00〜15:30
朝日カルチャーセンター京都
(河原町三条朝日会館ビル8F)
Tel. 075-231-9693
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